10月16日 西楽寺の納骨堂建設に賛同する人から20数名が本日初めて集った。門徒会としての議論ではなく、建設賛同者の集まりだった。
午後、西平原町の西楽寺で納骨堂、合祀墓設立の話し合いが行われた。先日行われた希望アンケートに丸をつけたものだから、今日の席に呼ばれていった。
我が家には墓地はあるので、お寺の準備する納骨堂が必要なわけではないが、私たち夫婦に子供がいない以上は、墓じまい・家じまいのことを考えなければならない。
お母さんには相談できない。西楽寺に納骨堂を新しく作る話をしたら、そんなもん関係ないじゃろうとひと言。そりゃあそうだ。野村家の墓地はあるし、立派な墓もあるのだ。それ以上は議論する気になれない。
とてもシビアな話である。でも何年もうっちゃっておけないし、他に解決策は思いつかない。
納骨堂建設に賛同する人20数名が本日初めて集った。西楽寺の門徒会ではだめなのだ。門徒の多くが納骨堂を必要とするわけではない。家の墓地のある人は少なくないのだ。
14時から始まった話し合いは冒頭から迷走しそうであった。会の進め方、議論の進め方の是非から入っていった。まあそうだろうけど、その議論はまとまらないし、成果を生みがたい。
私の立ち位置も微妙だ。今日となりに工務店の直ちゃんが座ってくれた。よかった。車座になった議論の中で、私は少なからず発言できた。ほめてつかわす。西楽寺の門徒会の経験はないのだが、混とんとしがちで、実のなくなりそうな議論を少しはリードできそうで、今日はそれなりの役割を果たせたのではないかと思う。ファシリテーターとはこんなものなのかと思ったりした。
はるか昔、50年以上前だ。中学校、高等学校で私のことを生徒会長におしてくれる級友たちがいた。そんな実力があるわけでもないのに、なしてか目立ってしまう野村君がいた。
でも今日、設立準備委員会のメンバーに指名されてしまった。今日の会での発言の多い人が指名された。
最初は初会合の後、各自の作業分断を決めて、委員作業に入ればと思ったが、それもままならず、委員の一部が作業を分担され、私はなにも引き受けずに帰ってきた。ちと心苦しい。
まあ、今日の私の行動を評価すれば80点は差し上げることができるのではあるまいか。貢献度においてマイナス要因はあるけど、意識して避けたわけでない。結果的にそうなっただけだ。言いわけが見苦しい。
さらに責任ある行動が必要だ。定年後の私なのだから。
[牛乳配達]
牛乳は体にいい。しかし、牛乳配達はもっと健康にいい。人にいいものを届ける役目をやってみたい。それが私の果たす道のような気がしている。写真は好きだ。でも、そのいいところを一人でも多くの人に広めてみたい。
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