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2022年11月27日 (日)

11月26日 家に帰ってみると、お母さんがテレビで大相撲九州場所を見ながら、声をあげて応援している。いったいいつから相撲を見るようになったのだろうか。この度、同居して初めて知った。

朝起きだす前に、枕元にあるスマホを取り出し、布団の中で知人のブログをひとまわりチェックする。古文書の先輩は毎日アップしてはるので、楽しみにしている。いい人に巡り合えた。久志能幾研究所の人は毎日厳しいことを書いてくださるので、ときどき役にたつ。

今現在一番気にしているブログがある。中学校時代の同級生が9月半ばで更新が止まっている。同級生の中ではスポーツマンでかっこよくて、この年代では一番の元気頭だったのに、どうしたのだろう。気になっている。病気を早く治してくれよ。頼むよ。

私も半年前くらいからこのブログを始めた。毎日更新をしている。この毎日更新を始める前に、違うテーマで毎日更新をしてみた。手持ちの題材があって、それを順番にアップするだけのものだったが、それでも毎日更新は大変だった。でもそれで一応、毎日更新が出来る自信がついたので、いよいよ本チャンのブログを始めた。

ブログを始めてずっと気になっていたアクセス数、調べると1日あたり3。そう、なんのことはない、私がアクセスしているだけなんだろう。まあ、そういうもんだ。20年前、広島大学をやめたときに、それまでのホームページを全部失って、グーグル難民になった。そらから新しいホームページを作っても、誰も見てくれない。しばらくはほんとに難民だった。あんときは、ほんとに苦しかった。

毎朝、他人のブログをさぁっとひととおり読んだ後に、自分のブログを読んでみる。自分の文章の未熟を実感する。つくづく感じる。まあ、あわてない。そのうち上手になるかもしれない。今は続けることを目指す。

今日は午後、西楽寺に行った。納骨堂建設に関する役員になっているのだが、役員会が今日26日の18時からあるという。私は夜に参加する自信がないので、前に資料だけをもらうことにした。

納骨堂の資料をもらって、読み込んで、なんらかの文章になるコメントを住職さんに送っておく。それが私の務めだ。前回の立ち上げ総会のときはファシリテーターの役目をやってみたかった。

今の状況で私ができることはそういう立場だ。住職の背中を押し、活動をスタートさせることだと思った。いったん動き始めれば、実力のある人たちが進めてくれる。

だから、今日は資料を受け取ったし、議事録に乗せることができるような意見を住職さんあてにメールしておいた。これで進むだろう。そういう役回りを私がするのは意にあっている。

ほんとは実務がばりばりできるほうがかっこいいのだろうが、私は私のできることをしなくっちゃ。

西楽寺で資料を受け取った後、唐音スイセン公園に行ってみた。ツワブキが盛りを過ぎつつ様子であった。今日も14mmの超広角レンズをつけて写真を撮った。なかなかいいよ。

元気のいい小学校低学年の男の子四人が走っている。うしろをおばあさん二人がおっかけている。いいね。スイセン公園の駐車場に戻ってみたら、私以外の車はなかったので、彼らは、土田か西平原から歩いて、走ってやってきたのだろう。いいね、これこそ土曜日の田舎だ。

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家に帰ってみると、お母さんがテレビで大相撲みながら、声をあげて応援している。いったいいつから相撲を見るようになったのだろうか。この度、同居して初めて知った。

お母さんが南無阿弥陀仏を口癖のように唱える姿もまったくのびっくりだった。私の知っているお母さんはそんなことをしていなかった。家の行事で仏壇の花を飾ったり、おっぱんをあげたりすることはあっても、念仏を唱えるなんてやっていなかったと思い。いったいいつのころからなんだよ。そんな母の姿を見ているから、今の私は念仏が自然にでてくるというようなことはない。朝、晩のおれいのとき、私は気恥ずかしくて南無阿弥陀仏を自然には言えない。

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