10月21日 仏壇の撤去
ひとりの朝、0.6カップぐらいのご飯を焚いた。しかし仏壇じまいをしてあるので、オッパンとしてあげるところがない。仏壇があっても、それはもうご本尊抜いてあるので、単なる物体なのだ。
仏具屋さんがふたりで元気よくやってきた。ああ、ついにこの日がやってきた。庭のナツメが色づいている。熟れすぎで食することはできないが、緑の葉の中に赤茶けた2センチ径の実は見ていてうれしい。
撤去の作業がやりやすいように庭の物干しざおの竿をどかしておいた。天気はいい。作業はどんどんはかどる。Goproの録画スタートボタンもちゃんと押すことができた。
1時間もしないうちに仏具屋さんが手際よく仏壇を分解して座敷から運び出してくれた。仏壇の裏板に父のメモ書きがあると仏具屋が教えてくれた。私は初めてみた。
昭和57年12月27日
野村一人59才
亡父清太郎遺産により
家人なしに私ひとりのときに、仏壇や神棚を撤去してしまうとなにか心もとない。広島で老人ホームに入っている母に電話してみる。どう説明していいかわからないけど、それらしき雰囲気だけでも伝えたら私の気が休まるかもしれない。
電話の呼び出しのあと、電話をうけとれない設定になっているというメッセージあり。これはイカン。老人ホームのヘルパーさんに電話する。母の部屋に行って電気を見てもらうことを依頼した。
しばらくして返事あり。電話機に「ガード」というところにランプが点いており、電話がかからないという。やれやれ、手元に取扱説明書がない。あったとしても母に連絡の方法がない。困った、困った。いったん広島に戻って、ホームに行ってみるしかないけど、私が現物を見て修理対応できるだろうか。メーカーに持っていくことになるのだろうか。
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