2023年5月18日 (木)

5月17日 午後、益田赤十字病院に母を見舞った。今日はベッドで半身を起こしている。機嫌はいいようだ。

種公民館で歴史講座を受講してきた。石州口の戦いがテーマであった。長州からは大村益次郎率いる1500余名、対する幕府軍は浜田藩、福山藩からやってきて益田に布陣、ここに石州口の戦い始まる。益田というのは津和野藩、浜田藩の境で、それまで基本的にはあまり武士の姿は少なめの商業、農業、林業の町だった。この戦いは長州と幕府軍の戦いではあるが、益田にとっては当事者意識は小さかったのではなかろうか。

講演が終わって質問タイムになったとき、私は挙手してその質問をした。講師の話に沿いつつ、ちょっとずらして、受講者よりの関心観点に合わせたいい質問だったなあと自画自賛。

講師は益田市歴史民俗資料館 元館長 新松晴美さん。新松さんは資料館のたたきあげ。この資料館はそういう館長人事をしているんだ。その道を残しておくべきだよね、わけのわからんどっかの学部の教授をあてがうようなことをやっていたのではね。

講演が終わったらすぐに帰って、益田市立図書館に向かう。督促された本を返却してきた。とって返して平口に戻る。11時30分に迎えの約束をしている。図書館からの経路を考えながら、ちょっとだけ急いだ。結局2分遅れてしまった。

午後、益田赤十字病院に母を見舞った。今日はベッドで半身を起こしている。機嫌はいいみたい。医師会病院に転院することを家族に相談すると言われたとのこと。病室がざわざわ、すこしうるさい。母がしゃべることは、数件の話題を途切れることなくぐるぐる同じ話がでてくる。間隔があるのならともかく、ずっとしゃべっておる。

今日、母に持ってきたのは、化粧用のカミソリ。封筒に入れて渡したが、そんなに嬉しそうにはしていない。言われてせっかくもってきたのに。

2023年5月16日 (火)

5月16日 家に帰って、庭の草取り、洗濯、洗濯もの回収、たたみ。家事を淡々とこなす。夕飯は作らずに、キヌヤの弁当を買ってきた。なかなか普段の生活が始まらない。

朝からずっと快晴、ときおり吹く南風が心地よい。今月の紺野写真塾は5月連休のために、開催日が3週目火曜日、5週目火曜日となってしまった。だから今日は3週目であるにもかかわらず撮影会の日、芸北の自然館9時集合となった。

朝ごはんは、なんと昨日の昼ごはん用に作ってもらった弁当を食した。ずっと冷蔵庫に入れていたので大丈夫でしょう、もし悪くなれば、急におなかが痛くなるだろうし、対応できるだろう。というので、冷たいおにぎり3個食したが、大丈夫だった。このことは家内には内緒にしておく。

今日の参加者は先生を入れて9名。なかなか多くなりません。まあ、これぐらいの人数がいいのでしょうが、ちょっと物足らない気はする。そんなに思っていても、私自身がやめたいなと思うのはちょっと不遜だろうな。

今日は早めに行って、先生に挨拶して、やめますということを告げるつもりだった。しかし、今日は明るすぎるくらいの陽光のせいなのか、楽しかったなあ。うん、これなら、もう少し続けてもいいかな。写真塾をやめると私の社会的生活の量も質もいきなり減ってしまう。思い直した。

家に帰って、またおとなしく、庭の草取り、洗濯、洗濯もの回収、たたみ。家事を淡々とこなす。夕飯は作らずに、キヌヤの弁当を買ってきた。なかなか普段の生活が始まらないぞ。

2023年5月15日 (月)

5月15日 庭の草取り。少しばかりやった。ゴム引き手袋していても、ドクダミのにおいは手のひらにしみついてしまう。今日出来たのはほんのわずか。ひろい庭のほんのわずか。

単身赴任介護とえらそうに言っても、私は単身ではなかった。母のいる家にやってきているので、この家に私ひとりではなかった。

ところが骨折で入院してしまうと、この広い家に私ひとりになってしまった。食事を用意するのは私ひとりぶん。つまりゃあせん。つい手抜きになってしまう。味噌汁なんぞひとり分を作る気もしない。

家事も全部私がしなきゃあならん。介護なんだから当たり前と人はいうだろう。これは大変なことなのだ。

こんなこころがけではよくないと反省したので、玄関下駄箱の花瓶にバラを活けた。庭に一本咲いていたバラを切ってきた。こういうの、母はちゃんとやっていた。

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夕方になって、洗濯もした。夕陽が差し込む中、洗ったばかりの衣料をひらいて、干す。これも母がやつてくれていた。

庭の草取り。少しばかりやってみた。ゴム引き手袋していても、ドクダミのにおいは手のひらにしみついてしまう。今日出来たのもほんのわずか。ひろい庭のほんのわずか。こんなことではきれいにならない。母は不自由な体で地道にコツコツきれいにしていてくれた。なぜ私にできないのか。

2023年5月14日 (日)

5月14日 私専用のHTMLページは毎年変えるようにしている。変えるタイミングは生活の変化に合わせて4月だ。今年は少し遅れた。

家で使うパソコンのブラウザ初期画面は、Yahooとかではなく、自分が作ったHTMLを指定している。自分が普段使うサイトを上位に表示させている。YahooやMicrosoftのページだと、広告は出るわ、関心のないサイトが上位に表示されるわで使いにくい。
そしてこの最初に表示させる私専用のHTMLページは毎年変えるようにしている。変えるタイミングは4月だ。自分の生活の変化に合わせてある。

今年は変更のタイミングがちょっと遅れてしまい、今日その作業をした。これまでは暖色系の配色にしていたが、今日からは寒色系にした。

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毎年このページ群には共通のフレーズを入れている。2022年は「これまでをチャラにしてみる、私はできる(2022)」だったが、今年は「やりたいことは今すぐに(2023)」にした。

だらずが故に、この切り替え作業を1日伸ばしにしてきた。今日ようやくできた。よかった。明日からも頑張ろう。

あっ、そういえば今日は母の日だ。入院中の母の見舞いに行かなかった。ごめんね。

5月13日 土曜日の午後、広島駅ビルまわりは賑やか。5類移行後の初めての土曜日。私にはまぶしすぎる光景だったが、この変化を味わいたく、尊敬する人との会話、久々の生ビール、冷酒を楽しんだ。

久しぶりの古文書解読同好会例会。先月は母が骨折入院したというので、同好会例会を休んでしまった。それから早や1か月。いろんなことがあった。入院の手続き、広島と益田の往復、家の片付けなどなど、一度に多く変化した。

同好会例会に出て、知った顔を見て、知った声、ざわめきを聞いて、すっと以前に戻った。ああ、こんな生活をしていた。

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私たちの班に新人が入ってこられた。これまでのB4班は私ともうひとりの女性が新人だったので、ようやく後輩が入ってきたという感じである。この同好会に入ってきられたのは、解読入門講座、続入門講座を終えられた人たちのうち、続いて勉強したいと手をあげた人たちである。

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私が今後の読み当番の回し方を説明する。それを聞いておられる新人さんの表情、受け答えが妙に懐かしい。ああ、私たちにもそんな時期があった。

早速班内連絡グループLINEに登録。いつも迷う作業だが、なんとかできた。いままでLINEに参加できていなかったもう一人も参加してもらったので、LINEを使って、諸連絡ができる。6人のうち、5人までがLINEで連絡できるというのは、全体16グループの中でも優秀な方だろう。

そういう手法的なことは大事だけど、内容をどう充実させるか、自分たちにとって面白いものをすることが大切なのだ。班内で議論したり、時には古文書に登場する場所を訪ねてみるとかそういうことが出来るようになれば最高だが、そこまで行くにはまだまだかかるだろう。あわてない。

今日はほぼ一日中雨降り。普段であれば、牛田から自転車で千田町にある広島県立文書館までいくのだが、今日はバス、市内電車を乗り継いで文書館まで行った。だから、帰りも市内電車、バス、歩きなどでと思ったが、雨がまだ降っているので、広島県情報プラザ前バス停からバスに乗ることにする。ここは、忘年会をしたときに教えてもらったバス停だ。文書館から近いし、広島駅に行くので便利だ。

バス停に向かって歩いていたら、同好会の先輩が歩いている。私の目標としている人だ。思い切って声をかけてみた。「呑みにいきませんか」

土曜日の午後、広島駅ビルまわりは賑やか。5類移行後の初めての土曜日。私にはまぶしすぎる光景だったが、この変化を味わいたく、久々の生ビール、冷酒を楽しんだ。尊敬する先輩の話は魅力的だ。方向の定まらない私にとって、北極星のような人だ。私に足らないものは数ある。ついて行こう。

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2023年5月12日 (金)

5月12日 益田医師会病院というのは、赤十字病院よりは近いし、10年前にも母はここでリハビリ回復している。ここに転院というのはいい結果をもたらしてくれるだろう。

散髪に行くために、牛田町内を歩いていたら、益田赤十字病院より電話があった。想定していない時間だったのでびっくりする。4階病棟の相談員さんからだった。

母のレントゲン結果がでたとのこと。経過良好ということで、ベッドから離れてのリハビリを始めるという。リハビリは益田市内にある医師会病院の方が充実しているので、そちらに移る手続きをしたらどうかと言われたので、順番待ちにいれてもらう。すぐ転院できるわけではなく、来週ということにはならないという。ひとまずは良かった。よかった。

益田医師会病院というのは、赤十字病院よりは近いし、10年前にも母はここでリハビリ治療を受けて回復している。ここに転院というのはその意味ではいい結果をもたらしてくれるだろう。しかし、どれだけの日数がかかるだろうか。長丁場になるんだろうな。覚悟せねば。

2023年5月11日 (木)

5月11日 益田赤十字病院に行って、入院中の母の保険証を提示。そして昨日作ったひっかけ棒を渡してくれるよう防災センターの人に頼んだ。

今日もいい天気。午前中は雲ひとつない晴れ。

益田赤十字病院に行って、母の保険証を提示。そして昨日作ったばかりのひっかけ棒を渡してくれるよう防災センターの人に頼んだ。面会時間は午後2時から5時までに制限されているので、受付に頼むしかない。

浜田から県境にクルマを進めた。大佐スキー場から大潰山登山口に行く道を歩いてみた。コケイランやセリバオウレンの花の跡がある。アケビ、ミツバアケビ、ゴヨウアケビの花がイノシシ除け塀に絡まって咲いている。ああいい天気だ。風が心地よい。

昼は八幡のかりお茶屋でかけそばを食した。山菜の天ぷらの強烈な味がたまらない。春だなあ。しかし、そばの量がすこし多かった。時間がたつにつれて胃の中でそぱが膨れてきた。車を運転していると眠くなる。戸河内役場の駐車場にクルマを木陰の下に止めてすこしだけ仮眠した。これが良かった。

5月10日 日赤病院に母を見舞う。リハビリの様子を聞いてみると、ときどき車いすに乗って、正直屋が見えるところまで行っているらしい。

益田赤十字病院へ母の見舞いに行ってきた。母は携帯電話を持っていない。日常の連絡をとろうにも、結局は出かけてあってくるしかない。携帯電話をもってほしいが90歳では無理なのかなあ。

年寄りでも扱える携帯電話って作るのはできるだろうが、日本のメーカーはそんなことしない。なしてかなあ。

10年前、大腿骨骨折で入院したときは、スマホではないが、年寄り携帯電話を買って母に持ってもらったことがある。けっきょく母は扱うことができずに、手放すことになった。家にある固定電話は器用に使っているのに、なぜか携帯電話がだめ。どうしてさぇ。

母にしてみれば、前触れなしに私たちがやってくることになる。ベッドに横になったまま私たちを迎える。もっとうれしそうにしてえやあ。

病室の壁には母が塗ったらしいぬりえが数枚貼ってある。そのことに触れると、ぬり絵はもう飽きたという。先日は、間違探しクイズ本を届けたが、それはやっていないという。おいおい。

最初のころ、言われて私が持ってきてやった肌着は、結局自分でそれに着替えることができずに、そのままになっているという。私に持って帰ってくれという。

リハビリの様子を聞いてみると、ときどき車いすに乗って、正直屋が見えるところまで行っているらしい。

持ってきてほしいものを尋ねた。ベッドのまわりにある物を動かす爪のついた棒が欲しいという。家に帰ってもそれらしいものは見つからず。私が以前作った竹の棒の先を削って、ひっかけ棒を作った。明日持ってゆこう。

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2023年5月 9日 (火)

5月9日 Googleリアルタイム、Bingはひどい。6時間経過した今でも私の書いたfacebook,ブログをまったくの無視。音沙汰無し。そしてBingは検索結果が相変わらずひどい。

5月連休明けに開花時期を調整したと言われる牛田バラ園に行ってみた。ひさびさの好天ということで、お客さんが多かった。バラもよく咲いていた。

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牛田バラ園の記事をtwitter, facebook,ブログに書き込んでみた。Googleリアルタイム、Yohooリアルタイム、Bingでちゃんと拾ってくれるのかチェックしてみた。1か月前は全敗であったが、今回はtwitter書込み分をYohooリアルタイムがちゃんと取り上げてくれた。

1か月前は私が書込んだTwitterが良くなかったようだ。ちゃんとこれまで何度も記事をアップしていた「古文書解読同好会で、・・・」に書き込んだのがよかったようだ。

Googleリアルタイム、Bingはひどい。6時間経過した今でも私の書いたfacebook,ブログをまったくの無視。音沙汰無し。そしてBingは検索結果が相変わらずひどい。2020年の牛田バラ園の記事と、2014最終更新の牛田バラ園公式サイトを上位にヒットしている。2014といえば、10年前だよ。インターネットはドッグイヤーだといっても、その結果はひどいね。

牛田バラ園ではたくさん咲いています

牛田バラ園は5月連休に開花するよう剪定されていましたが、今日5月9日でも大丈夫、たくさん咲いています。 #牛田バラ園 

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